florian gadenne/フロリアン・ガデン, drawing “oe” について 3

ようやく、ドローイングそのものについて見て行こう。

まずはガデンが簡潔にまとめたドローイングについてのテクストを引用する。

「oeは、DNAの二重螺旋構造を基盤に構成された生きた建造物であり、それ自身が異なる器官(ミクロオーガニズム、細胞内器官、ウイルス、バクテリアなど)によって構築されている。

一見すると二元論的であるこの構造は、いわゆる「健全な」器官からなる上部、「病的な」器官からなる下部という二つの主部分によって構成されている。上部は、ブリューゲルの描くバベルの塔を着想源とし、<良方>へ向かっての上昇を表す一方、下部は、ボッティチェリが描いたダントの地獄を参照している。

また、この<良>と<悪>という二元論的概念が入り混じる三つ目の部分、つまり上部下部構造が接触する境界面では、ファージのような食細胞、エキゾサイトーシス(分泌)、変性や突然変異といった異なる反応が見られる。病的器官はいわゆる「健全」なるものに刺激を与え、それらに何らかの変異をもたらす。

oeを通じて、私たちは、恒常的に変化する生命の表現の、矛盾的で複雑なダイアローグを目の当たりにするだろう。」(フロリアン・ガデン、ブログより)

さて、先に紹介した「バベルの塔的細胞」の二つのドローイングとこの三つ目のドローイングでは根本的な構造の違いがあり、それはこのoeにおいてはバベルの塔の基底部分を境に、天へ向かって上へ上へと伸びていく塔に相反するつくりである地獄への構造がちょうど反転するように組み合わされている点である。実は、この上と下の組み合わせによって、ガデンは生命のダイアローグという主題について、対になるものを描き出すためのストラクチャーを見つけ出している。「バベルの塔的細胞」においては上へ向かう生命の営みを描いたが、反転したストーリー(地獄)をoe において補っていくことになった。

上部構造であるバベルの塔は、ブリューゲルが描いた「バベルの塔」を参照しており、実は、cellule babélienneには50cm×60cmの初期作が存在し(写真)これをみると、バベルの塔的細胞が次第に、人工的な建造物の形態から離れていく前の、ブリューゲルの描いた塔からの直接的参照がはっきり見て取れる。この最初のドローイングにおいて、頂点を核とする構造はoeに等しいものの、核に行き着くまでの徐々に登っていく道の中に、ゴルジ体やミトコンドリア、液胞などの構造がその内部に組み込まれる形になっている。そして、最も地に近い部分と核へ向かう最後の細い道などは、階段状の構造や窓のような構造が見られ、非常に建築的である。

oeにおいて、この上部構造には何が描かれているだろうか。頂点の<卵>から伸びる8本の鎖は、その内側に健全な細胞構成物を含みながら螺旋状に降りてくる。それらは次第に、毛細血管のなかへ絡みとられてゆき、その毛細血管は次第に変容し、赤血球や白血球がときには破壊されたり、コレステロールに侵されたりしながら、第三のゾーン(天へ向かう塔と地獄への入口が出会う境界面)へと向かっていく。

下部構造である地獄は、ボッティチェリが描いた「地獄の見取り図」を参照している。「地獄の見取り図」は、時獄篇、煉獄篇、天獄篇の3部からなるダンテの「神曲」の挿絵としてボッティチェリが描いた作品であり、地獄は漏斗状の逆円錐構造をとっていて、地球の中心に向かう形で9つの異なる環に別れている。9つの異なる環は、それぞれ生前の罪によって人々が振り分けられ罰せられる世界となっている。9つの罪の種類は、1から順に、洗礼拒否、好色、大食、貪欲、憤り、異端、暴力、悪意、そして裏切り。ガデンのドローイングにおいては、上部構造において、DNAの二重螺旋が毛細血管に変化したのちに、再びそれらが集まって、太い束となり、それらが撚る形で下へ下へと降りていく。その撚られた構造の中には、複数の<病的な>細胞や微生物が複雑に絡み合いながら、うごめく。

このように、なるほど一見して、ドローイングは、天に向かう上部構造と地の中心へ落ちていく下部構造である「バベルの塔」と「地獄」が、中心でピタリと合わされた構成をとっている。

さて、oe は、この構成が示すように、表現するもののレベルで、果たして二元論的な思想を体現しているのだろうか。ガデンは、自身の作品についてのテクストで、この二元論的な、つまり<善>と<悪>の対立構造について、「一見すると二元的だが、実は矛盾的で複雑な生命の営み」と表現している。この、複雑さについて言及するため、次の記事では、上部構造と下部構造の出会う三つ目の部分、境界面について着目してみたい。