florian gadenne/フロリアン・ガデン, drawing “oe” について 2

oe について 2

作品oe dans l’oのロゴといったらいいだろうか、サインというべきだろうか。このシンプルでありながら多義的な記号はoe dans l’oの表すものをとても単純にしえている。ドローイングの複雑さに対して、この記号の簡潔さは面白いほどである。

まず、oe (dans l’o)というタイトルについて、ガデンのプロジェクト説明の記述の助けを借りて、読み解いてみよう。oe は二つのアルファベットから構成され、フランス語では日本語の母音「う」の舌の位置をキープしたまま「う」と「え」の間くらいの口のすぼめ具合で発音してみるといい感じのoeの音が出る。この母音は、合字の母音で、フランス語では古代ギリシャからの借用語に使われて来た。そう知って探してみるとどの単語が古代ギリシャ語からの借用語かわかって面白い。ガデンの説明に沿って例をあげてみると、例えば:

œcuménique »:全世界的な、普遍的な。インド・ヨーロッパ語やサンスクリット語における家族や家に相当し、ギリシャ語においては遺伝的に結ばれる部族と関係がある。

œil” :目、視覚器官。目のような形をしたあらゆるもの、たとえば動物の毛皮にある目玉のような模様や、孔雀の羽の模様、蕾や芽。

œuf” :卵、卵子。

œuvre” :作品。女性名詞として、具体的に行われた仕事(ergon)。錬金術の分野で男性名詞として用いられ、卑金属を金に完全変換する、あるいは賢者の石を想像する「大作業」を意味する。

fœtus” :胎児、出産、新生児、世代。ちなみにfeはインド・ヨーロッパ語で「乳を飲む」ことに関係がある。たとえば、fécond(多産), femme(女)に共通。

さて、oe (dans l’o)は、その構造の頂点に一つの卵子を持つ巨大で複雑な建造物である。卵子を取り巻くのは8つの精細胞で、それらは卵細胞から遠のくにしたがって次第にDNAの二重螺旋構造として翻訳される。錬金術において卵は宇宙の創造を象徴すると同時に金属の変質を意味する。<世界の卵>(oeuf du monde)、すなわちあらゆるものの起源はエジプト神話を含め世界の数多くの神話に登場する。

卵(oeuf) は成長して胎児(Foetus)となる。ドローイングoeの記号には明確に胎児(foetus)が据えられている。 またドローイングの頂点は、生命の起源としての<卵>(錬金術における世界の卵とも卵子とも取れる構造)が君臨している。(写真)

florian gadenne/フロリアン・ガデン, drawing “oe” について 1

oe について 1

今日からは数回にわたって、フロリアン・ガデンの巨大ドローイング“oe”について、論じていこうと思う。

フロリアン・ガデンの公開制作の巨大ドローイングを昨年2018年12月に京都の想念庵でご覧くださった方々は思い出していただけるだろう。この作品は、昨年京都で展示された際 cellule babélienne 3 と題されていた2メートル×4メートルのドローイングである。想念庵では、制作中のゾーンの上と下の部分は巻物上に巻かれていて、全体をご覧にならなかった方もいらっしゃったかもしれない。実は今年、本作品は完成(予定)の形での世界初展示を予定している。展示は、神戸のギャラリー8で12月に展示となる予定だ。

この作品は、昨年のタイトルがcellule babélienne 3 であったように、バベルの塔神話にインスピレーションを受けており、構造の上半分は天に向かうバベルの塔の形状を基礎としている。cellule babélienneというのは、ガデンが2016年から取り組んでいるプロジェクトのタイトルであり、「バベルの塔的細胞」を意味する。プロジェクトといったのは、ドローイングのみならず、彫刻やインスタレーションなど(写真)バベルの塔的細胞のコンセプトを多様に展開して来たからである。せっかくの機会であるので、まずはcellule babélienne に通底するコンセプトについて書いておきたい。


聖書のバベルの塔神話におけるバベルの塔は、天へも辿り着けると過信した人間の驕った心の象徴として描かれ、天まで届く塔を築こうとバベルの塔の建設を進める人間たちの言語を、それに怒った神がバラバラにしてしまい、人間たちは相異なる言語を話し、彼らは意思疎通ができなくなって、バベルの塔建設は行き詰って、塔は崩壊してしまう。

ガデンの絵画「バベルの塔的細胞」では、その複雑で巨大な建造物は多様なミクロオーガニズムで構成されている。核のような構造を頂点に、複雑な構造の生物建築がその中にミトコンドリア、ゴルジ体、葉緑体などの多数の器官を含んでいる。構造の規定部分は、まるで根が張っているかのような細かな繊毛が見られ、描かれていない「地」を思わせる。また中間部には小胞から水泡のようなあるいは粒子のような構造が放り出されており、神経系の情報伝達とか細胞間の物質のやりとりとか、そのような営みを想像させる。絵画としての「バベルの塔的細胞」は1.5メートル×2メートルのものがこれまで二つ描かれており、不作めはちょうど一作目の上下をひっくり返したものでその名も「クローン」と名付けられている(写真)。

 人間は複数の言語を話すが(その数は時を経るにつれ減少している)、遺伝情報を翻訳する自然言語である遺伝のコードは、世界中どこでも共通だ。DNAに基づく遺伝子の言語は、古代の化学的なバベルの塔として姿を現したのだ。

          “alors que les hommes parlent plusieurs centaines de langues ( en diminution avec le temps), le code génétique, le langage de la nature qui traduit les gènes en protéines, est le même partout. le langage génétique, fondé sur l’arn et l’adn, a émergé de la babel chimique des temps archéens.”

                                         lynn margulis et dorion sagan – “l’univers bactériel” – p.57. ed.albin michel 1986.

バベルの塔は第一に言語の混乱の神話を象徴し、つまり唯一で絶対的な言語を失うことであり、それはある意味で崩壊の最終段階を表す。楽園を追放された人間は、あらゆる能力を手放さずに済んだ。彼らは、神の言語、つまり宇宙におけるあらゆる存在様態(無機物、植物、動物、人間)の言語を理解する能力を所有することになった。人間はしたがって言語の科学を操る。(略)神に向かって堂々と、自らの権力と意思を見せつける。この塔は、時空間を経て行われた人間と神のやりとり、つまり、人間の果てしない高慢心とそれを打ち負かした神の勝利を我々の目の前に明らかにしているのである。

la tour de babel symbolise avant tout un mythe: celui de la confusion des langues, donc la perte d’une langue primordiale unique et originelle. c’est en quelque sorte la dernière étape de la chute. chassé du paradis, l’homme a conservé sa toute-puissance: il connaît le langage des dieux, autrement dit, il possède la faculté de comprendre le langage de tous les états (minéral, végétal, animal, humain) de l’univers. l’homme maîtrise alors un science des mots et du verbe sans égale [..] c’est l’affirmation face à dieu, du pouvoir de l’homme, de sa volonté inépuisable. cette tour, qui défie le temps, l’espace, les hommes et dieu est l’expression d’un orgueil illimité, du moi triomphant”.

l’art visionnaire, michel random, p; 88-89. 1991.

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