「ファルマコン連鎖/反応」(PCR展)の出品作家

展覧会の見どころ、出品作家
展覧会「ファルマコン 連鎖/反応」には、日仏より国際的に活躍するアーティスト11名が作品を発表します。この展覧会のための新作、コロナ禍の生活をつうじて生まれた作品、あたかもこの世界状況を予見していたかのような2019年以前制作の作品が、京都のギャラリー・アトリエみつしまに一挙に集う、みごたえたっぷりの展覧会です。
フランスからは、現状をシニカルなユーモアで表現するホルン奏者・ヌードモデルのエルイーズ・イルベール、暗室でご覧いただく注目の作品《chiasme》や巨大ドローイング《œ》を描いたフロリアン・ガデン、衛生概念をエコロジーの哲学で読み解くジェレミー・セガールが参加します。また、フランスを拠点に国際的に活躍しながら日本を見つめ直す古市牧子、命のメカニズムへの関心を独特な世界観で表現する福島陽子、そしてキュレータの大久保美紀が現状について再考します。
日本からは、消しゴムの消しカスから驚くべき細密彫刻を作り上げる入江早耶が必見の新作《青面金剛困籠奈ダスト》を発表します。また、磁性流体による彫刻で知られるメディアアーティストの児玉幸子が手がけたライトアート作品《雲の路》と色彩論の専門家・美術史家の加藤有希子による小説が共鳴します。気鋭の若手画家・谷原菜摘子がコロナ禍の生活を通じて描いたベルベット絵画《星を頂戴》とドローイング新作を発表、素材を探求し斬新な空間彫刻を試みてきた堀園実が新作の漆喰彫刻を発表します。

フロリアン・ガデン/Florian Gadenne
1986年生まれ、ナント美術大学大学院終了、パリ郊外在住美術家。2015年、「PARIS ARTISTES」入選。2018年、写真家松田有加里とのデュオ展「orbite elliptique」(滋賀、galleryサラ)。ファルマコン展には2017年から継続して参加。微生物叢と地球規模のミクロ・マクロの観点を行き来しながら、西欧中心的思考や人間の視点による偏ったエコロジーを批判し、アニミズムや錬金術の思想に影響を受けたコンセプトを展開する。新作の《oromitose》、《chiasme》および生命のダイアローグを描きこんだ巨大ドローイング《œ》を展示する。

chiasme, florian gadenne, 2020

oe, florian gadenne, 2019

oromitose, florian gadenne, 2020

古市牧子/Makiko Furuichi
1987年生まれ、美術家。フランス・ナント美術大学院終了、ナント市を拠点に国際的に活躍。「ブドウの時代」(L’Âge de Raison、カナダ、2019)、「ドリーム・ジャングル」(アミラルホテル、宿泊室全体をインスタレーション、ナント)、「KAKI Kukeko」(ファルクフー)、「手のひら泥棒」(WISH LESS gallery、東京)など個展多数。洗練された水彩画のテクニックと色彩で、独特な植物や人物を描く。ユーモアとシニカルな要素が混ざり合う表現は、絵画、彫刻、テキスタイル(コラボ)、ビデオ、インスタレーションと幅広い。在仏日本人としての視線から、日本社会を批判的に考察する作品も発表している。

Mains, Makiko Furuichi, 2020

堀園実/Sonomi Hori
1985年生まれ、沖縄県立芸術大学大学院終了、彫刻家。2016年、文化庁新栄芸術家海外研修制度によって、フランス・パリで研修滞在。主な展覧会に、「Emerging 2018 なみうちぎわの協和音」(トーキョーアーツアンドスペース本郷、東京、2018)や「ファルマコン–医療とエコロジーのアートによる芸術的感化」(ターミナル京都、CAS、京都・大阪、2017)など。身近なものや風景の構成要素を粘土で型取り、彫刻として再現する。それらは現実の似姿でありながらある種のズレを表現し、その余白にあるものや歪みについて思索する。金属や漆喰、石膏など多様な素材を用いた表現に取り組む。

エロイーズ・イルベール/Héloïse Hilbert
音楽家・ヌードモデル・ドローイング作家。日本とは比べ物にならないコロナ感染者数と死者を出したフランスで「ソーシャル・ディスタンス」と同じくらい普及したコロナ禍の新用語・「ジェスト・バリエール」 (防御のためのジェスチャー)をテーマとした風刺ドローイングシリーズを発表する。「ジェスト・バリエール」は今や社会の常識となり、すべての人にそれに基づいて行動するよう強いる。マスク着用、1メートル以上の距離、逐一の消毒とそのためのジェルを常に携帯。一体どこまでそのジェスチャーは適応されるべきなのだろうか。家族、恋人、友人との人間関係は変容しただろうか。一方で、感染を食い止めるために一般化した新たな習慣は、またしても人間のエゴイスティックな態度を露呈することになった。厳重な小分け包装に使う大量のプラスチック、道のいたるところに見られるようになった使い捨てマスク…。楽譜の裏紙に描かれたドローイングは連日SNSに投稿されている。全てのドローイングに日本語訳付き。

©Heloise Hilbert, Dessins

ジェレミー・セガール/Jérémy Segard
1983年生まれ、フランス・ナント美術大学大学院終了、ナント在住、美術家。ナント建築大学講師。ナント市大学病院(CHU)にてレジデンスを行う。医療とエコロジーの芸術的アプローチについて思考するアートアソシエーションLOTOKORO主宰者。「ファルマコン」の概念を基盤とした研究・実践活動の主要メンバーである。2014年より、病院レジデンスを通じて、身体と環境のテーマに取り組む。緑化地区と衛生概念についての研究を続けており、最近は自ら購入した一区画を利用して実験的時制環境づくりを行う。

谷原菜摘子/Natsuko Tanihara
1989生まれ、画家。2015年、絹谷幸二賞。2016年、VOCA奨励賞。2017年、五島記念文化賞新人賞を受賞し、一年間フランス・パリで研修滞在。2018年、京都市芸術新人賞受賞、同年東京・MEMにて個展「まつろわぬもの」開催。国際的に活躍中の若手画家として着目される。黒や赤のベルベットに油彩・アクリルなど精巧なテクニックで描き、リアリスティックな表現で人々の日常や社会に対して違和感を喚起し、ジェンダー、心理の闇、ある種の夜会的暴力などの主題について、しばしば画家自身がモデルと思われる人物をめぐる複雑なオーケストレーションを構成する。

星を頂戴, Natsuko Tanihara, 2020

入江早耶/Saya Irie
1983年生まれ、広島市立大学大学院芸術学研究科博士課程修了。2009年、岡本太郎現代芸術賞入選。2012年、第六回Shiseido egg賞受賞。個展に「見出されたかたち」(2013、東京)、「入江沙耶展・純真遺跡〜愛のラビリンス〜」など多数。「瀬戸内国際芸術祭」をはじめ多くのグループ展に参加。消しゴムでイメージを消してできた消しカスを練り上げて彫像し、立体作品を作るという独特のアプローチを通じて、日常品やありふれたイメージの内包する意味や本質を洗い出し、現代的解釈をにおいて再現する。本展覧会では、コロナ流行中の日常生活を通じて作家が関心を抱くこととなった疫病に関する研究の結果誕生した新作「青面金剛困籠奈ダスト」を発表する。

青面金剛困籠奈ダスト, Saya irie, 2020

加藤有希子×児玉幸子/Yukiko Kato×Sachiko Kodama
加藤有希子は、埼玉大学基盤教育研究センター准教授、作家。表象文化論、近現代美術史、色彩論研究者、単著に『新印象派主義のプラグマティズム』他。「現代社会における<毒>の重要性」研究メンバー。近年児玉幸子のアートについて研究し、目まぐるしく変貌するコロナ禍の世界を背景に、変わらない日常と突如突きつけられる非日常をアンティムに描いた短編小説「雲の路」に、児玉幸子の《雲の路》を登場させた。

児玉幸子は、日本を代表するメディアアーティスト、研究者、電気通信大学准教授。2000年より、磁性流体という独自の媒体を通じて作品を発表してきた。新たなメディアアートの表現は国際的に注目を浴びている。第五回文化庁メディア芸術祭デジタルアートインタラクティブ部門で大賞を受賞(2002)。今回展示予定の「雲の路」は、窓のような枠組みの隙間からのぞく光の色が次々と変化するライトインスタレーションで、児玉のライトアート作品の中でも貴重な作品である。今回は加藤有希子の小説の抜粋と併せて展示する。

雲の路, Sachiko Kodama, 2019

大久保美紀/Miki Okubo
1984年生まれ、京都大学大学院人間環境学研究科で現代アートの研究中、パリ第8大学へ留学し、そこで芸術修士号・博士号を取得。2012年以降パリ第8大学芸術学部講師。専門は美学・芸術学、とりわけ自己表象をする身体への関心から、2014年より医療における身体感覚と芸術的アプローチの可能性に関心を持ち、キュレーション活動を開始する。キュレータとしての展覧会に、「ファルマコン:医療とエコロジーのアートによる芸術的感化」(2017)、「ファルマコン:アート・毒・身体の不協的調和(2018)、「ファルマコン:生命のダイアローグ」(2019)など。医療の文脈におかれた身体のあり方や、薬の副作用やプラセボ効果、ホメオパシーをはじめとする代替医療について関心を持つ。

福島陽子/Yoko Fukushima
1976年生まれ、パリ在住。言語とは異なる多様なコミュニケーションのあり方に惹かれる。東洋医学や代替医療を通じてエネルギーの仕組みに関心を持ち、不可視の世界を読み解く鍵として、量子力学を表現手段の一つとして意識する。工芸、オートクチュール、ダンスなど、領域横断的表現を通じて、多様な素材を用いた繊細な作品によって独特の世界観を表してきた。本展覧会では、生と死・内と外・心と精神・光と闇など、世界を成り立たせる命のメカニズムを物質・非物質的観点から探求した一つの到達点として、三連砂時計《四次元を超えて》、そのコンセプトを描いたドローイング作品に加えて、オブジェとドローイングを中心とした数点を発表する。

Beyond the 4th dimension, Yoko Fukushima, 2020

展覧会ファルマコン 連鎖/反応 (Pharmakon Chain Reaction) プレスリリースvers.1

展覧会ファルマコン 連鎖/反応 (Pharmakon Chain Reaction) プレスリリースvers.1以下からダウンロードいただけます。

展覧会の見どころや出品作家について情報が満載です。
展覧会は12月8日からです。どうぞお楽しみに!
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Pharmakon Chain Reaction 2020/ ファルマコン 連鎖/反応

変貌してしまった世界。恐怖を煽る言葉の増殖。不可視の〈敵〉を遮断すべく、犠牲にされる日常──アートはこの煉獄から脱する道を、私たちに示しうるだろうか?

展覧会 :Pharmakon Chain Reaction (「ファルマコン––連鎖/反応」)

会期:2020年12月8日〜12月25日 月曜休、火水木日12時〜19時、金土12時〜20時
オープニングパーティ:2020年12月8日16時〜20時
シンポジウム:2020年12 月19日14時〜18時
会場:アトリエみつしま 603-8215 京都市北区紫野下門前町44 地下鉄烏丸線「北大路」駅から徒歩15分、市バス「大徳寺前」から徒歩5分
参加作家:エロイーズ・イルベール、入江早耶、大久保美紀、加藤有希子×児玉幸子、フロリアン・ガデン、ジェレミー・セガール、谷原菜摘子、堀園実、福島陽子、古市牧子
キュレータ:大久保美紀
主催:吉岡洋・大久保美紀
共催:アトリエみつしま

展覧会概要
世界は新型コロナウイルス感染による未曾有の状況が続いている。社会に蔓延する感染の不安や恐怖を煽る言説により、ウイルスの存在はあたかも人類にとっての「敵」/「侵入者」/「テロリスト」として認識されている。私たちは、自己防衛のためウイルスを絶対的に遮断しようと他者との接触を徹底的に避け、生活を犠牲にし、日常はすっかり変容した。ソーシャル・ディスタンス、新たな枠組み。煽動された恐怖は連鎖反応を起こし、さらなる恐怖を生む。私たちは見えない敵を前に文字通り震撼し、途方に暮れる。
だが、生命の注目すべき挙動の一つに、細胞の自死として知られるアポトーシスや一部の免疫反応など、それが一見正反対に見える活動を同時に行って平衡を保つという営みがある。そもそも生命体は膜によって自己と外界を区別すると同時に、膜に空いた多数の孔を通じて外界との物質や情報のやり取りするおかげで生存している。ある個体とは、他の生命体と複雑な関係性(あるいは連鎖)の中に存在するのであり、そのことは生存時も死後も変わらない。このような生命の本質を無視し、ウイルスを撲滅すべき敵として完全な衛生を目指す思考は不可能であるばかりか危険ではないだろうか。
本展覧会「ファルマコン:連鎖/反応」では、今日の私たちの身体が置かれた状況―「毒を一方的に排除する志向」―を問題視する。薬と毒という両義的意味を持つ「ファルマコン」の概念は、物事がしばしば持っている両面性(陰と陽、毒と薬、メリットとデメリット、効用と副作用、さまざまな言葉で言い表される「ある側面」と「それと補完的である側面」に着目する。私たちが「毒」とみなす存在を根本的に排除しようとするとき、私たちは世界が相反するものの均衡で成り立ち、それらが単に調和するだけでなく時には複雑に絡み合って全体を形作っているという事実を忘れ、そのことにより自らを生きにくくしている。
ファルマコンの概念に基づく芸術的アプローチを通じて世界を再考することによって、生命をより直感的に捉え直すことができるだろうか。
大久保美紀(キュレータ)

展覧会ファルマコン 連鎖/反応 (Pharmakon Chain Reaction) プレスリリースvers.1以下からダウンロードいただけます。展覧会の見どころや出品作家について情報が満載です。
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プレスリリース ファルマコン 生命のダイアローグ2019

展覧会「ファルマコン :生命のダイアローグ」

プレスリリース vers.2019/11/30できました。以下のリンクよりダウンロードしてください。

<毒>は私たちに何をもたらすのか?

ファルマコン  「生命のダイアローグ」 Pharmakon : Dialogue de la vie
2019.12.8-12.25 12:00-20:00
オープニング  12/8  17:00-20:00 ゲスト:中島智(芸術人類学者)
クロージング  12/25 16:00-20:00
シンポジウム 12/22 15:00-17:30 講師:エルキ・フータモ(UCLA教授)
場所:京都大学 稲森財団記念館3階中会議室
参加作家:フロリアン・ガデン、大久保美紀、ジェレミー・セガール
( Florian Gadenne, Miki Okubo, Jérémy Segard)
キュレータ:大久保美紀
主催:京都大学こころの未来研究センター 研究プロジェクト「現代社会における<毒>の重要性」(企画代表者:吉岡洋)
共催:ギャラリー8
GALLERY8 神戸市中央区海岸通9番地チャータードビル2.3F 078・392・2880

☆オープニングレセプション 2019.12.8 17:00−20:00
ぜひお越しください!お会いできるのを楽しみにしています。
ゲストとして芸術人類学者の中島智さんをお招きし、トークがあります!お楽しみに!

プレスリリース 20191130_compressed

florian gadenne/フロリアン・ガデン, drawing “oe” について 3

ようやく、ドローイングそのものについて見て行こう。

まずはガデンが簡潔にまとめたドローイングについてのテクストを引用する。

「oeは、DNAの二重螺旋構造を基盤に構成された生きた建造物であり、それ自身が異なる器官(ミクロオーガニズム、細胞内器官、ウイルス、バクテリアなど)によって構築されている。

一見すると二元論的であるこの構造は、いわゆる「健全な」器官からなる上部、「病的な」器官からなる下部という二つの主部分によって構成されている。上部は、ブリューゲルの描くバベルの塔を着想源とし、<良方>へ向かっての上昇を表す一方、下部は、ボッティチェリが描いたダントの地獄を参照している。

また、この<良>と<悪>という二元論的概念が入り混じる三つ目の部分、つまり上部下部構造が接触する境界面では、ファージのような食細胞、エキゾサイトーシス(分泌)、変性や突然変異といった異なる反応が見られる。病的器官はいわゆる「健全」なるものに刺激を与え、それらに何らかの変異をもたらす。

oeを通じて、私たちは、恒常的に変化する生命の表現の、矛盾的で複雑なダイアローグを目の当たりにするだろう。」(フロリアン・ガデン、ブログより)

さて、先に紹介した「バベルの塔的細胞」の二つのドローイングとこの三つ目のドローイングでは根本的な構造の違いがあり、それはこのoeにおいてはバベルの塔の基底部分を境に、天へ向かって上へ上へと伸びていく塔に相反するつくりである地獄への構造がちょうど反転するように組み合わされている点である。実は、この上と下の組み合わせによって、ガデンは生命のダイアローグという主題について、対になるものを描き出すためのストラクチャーを見つけ出している。「バベルの塔的細胞」においては上へ向かう生命の営みを描いたが、反転したストーリー(地獄)をoe において補っていくことになった。

上部構造であるバベルの塔は、ブリューゲルが描いた「バベルの塔」を参照しており、実は、cellule babélienneには50cm×60cmの初期作が存在し(写真)これをみると、バベルの塔的細胞が次第に、人工的な建造物の形態から離れていく前の、ブリューゲルの描いた塔からの直接的参照がはっきり見て取れる。この最初のドローイングにおいて、頂点を核とする構造はoeに等しいものの、核に行き着くまでの徐々に登っていく道の中に、ゴルジ体やミトコンドリア、液胞などの構造がその内部に組み込まれる形になっている。そして、最も地に近い部分と核へ向かう最後の細い道などは、階段状の構造や窓のような構造が見られ、非常に建築的である。

oeにおいて、この上部構造には何が描かれているだろうか。頂点の<卵>から伸びる8本の鎖は、その内側に健全な細胞構成物を含みながら螺旋状に降りてくる。それらは次第に、毛細血管のなかへ絡みとられてゆき、その毛細血管は次第に変容し、赤血球や白血球がときには破壊されたり、コレステロールに侵されたりしながら、第三のゾーン(天へ向かう塔と地獄への入口が出会う境界面)へと向かっていく。

下部構造である地獄は、ボッティチェリが描いた「地獄の見取り図」を参照している。「地獄の見取り図」は、時獄篇、煉獄篇、天獄篇の3部からなるダンテの「神曲」の挿絵としてボッティチェリが描いた作品であり、地獄は漏斗状の逆円錐構造をとっていて、地球の中心に向かう形で9つの異なる環に別れている。9つの異なる環は、それぞれ生前の罪によって人々が振り分けられ罰せられる世界となっている。9つの罪の種類は、1から順に、洗礼拒否、好色、大食、貪欲、憤り、異端、暴力、悪意、そして裏切り。ガデンのドローイングにおいては、上部構造において、DNAの二重螺旋が毛細血管に変化したのちに、再びそれらが集まって、太い束となり、それらが撚る形で下へ下へと降りていく。その撚られた構造の中には、複数の<病的な>細胞や微生物が複雑に絡み合いながら、うごめく。

このように、なるほど一見して、ドローイングは、天に向かう上部構造と地の中心へ落ちていく下部構造である「バベルの塔」と「地獄」が、中心でピタリと合わされた構成をとっている。

さて、oe は、この構成が示すように、表現するもののレベルで、果たして二元論的な思想を体現しているのだろうか。ガデンは、自身の作品についてのテクストで、この二元論的な、つまり<善>と<悪>の対立構造について、「一見すると二元的だが、実は矛盾的で複雑な生命の営み」と表現している。この、複雑さについて言及するため、次の記事では、上部構造と下部構造の出会う三つ目の部分、境界面について着目してみたい。

florian gadenne/フロリアン・ガデン, drawing “oe” について 2

oe について 2

作品oe dans l’oのロゴといったらいいだろうか、サインというべきだろうか。このシンプルでありながら多義的な記号はoe dans l’oの表すものをとても単純にしえている。ドローイングの複雑さに対して、この記号の簡潔さは面白いほどである。

まず、oe (dans l’o)というタイトルについて、ガデンのプロジェクト説明の記述の助けを借りて、読み解いてみよう。oe は二つのアルファベットから構成され、フランス語では日本語の母音「う」の舌の位置をキープしたまま「う」と「え」の間くらいの口のすぼめ具合で発音してみるといい感じのoeの音が出る。この母音は、合字の母音で、フランス語では古代ギリシャからの借用語に使われて来た。そう知って探してみるとどの単語が古代ギリシャ語からの借用語かわかって面白い。ガデンの説明に沿って例をあげてみると、例えば:

œcuménique »:全世界的な、普遍的な。インド・ヨーロッパ語やサンスクリット語における家族や家に相当し、ギリシャ語においては遺伝的に結ばれる部族と関係がある。

œil” :目、視覚器官。目のような形をしたあらゆるもの、たとえば動物の毛皮にある目玉のような模様や、孔雀の羽の模様、蕾や芽。

œuf” :卵、卵子。

œuvre” :作品。女性名詞として、具体的に行われた仕事(ergon)。錬金術の分野で男性名詞として用いられ、卑金属を金に完全変換する、あるいは賢者の石を想像する「大作業」を意味する。

fœtus” :胎児、出産、新生児、世代。ちなみにfeはインド・ヨーロッパ語で「乳を飲む」ことに関係がある。たとえば、fécond(多産), femme(女)に共通。

さて、oe (dans l’o)は、その構造の頂点に一つの卵子を持つ巨大で複雑な建造物である。卵子を取り巻くのは8つの精細胞で、それらは卵細胞から遠のくにしたがって次第にDNAの二重螺旋構造として翻訳される。錬金術において卵は宇宙の創造を象徴すると同時に金属の変質を意味する。<世界の卵>(oeuf du monde)、すなわちあらゆるものの起源はエジプト神話を含め世界の数多くの神話に登場する。

卵(oeuf) は成長して胎児(Foetus)となる。ドローイングoeの記号には明確に胎児(foetus)が据えられている。 またドローイングの頂点は、生命の起源としての<卵>(錬金術における世界の卵とも卵子とも取れる構造)が君臨している。(写真)

florian gadenne/フロリアン・ガデン, drawing “oe” について 1

oe について 1

今日からは数回にわたって、フロリアン・ガデンの巨大ドローイング“oe”について、論じていこうと思う。

フロリアン・ガデンの公開制作の巨大ドローイングを昨年2018年12月に京都の想念庵でご覧くださった方々は思い出していただけるだろう。この作品は、昨年京都で展示された際 cellule babélienne 3 と題されていた2メートル×4メートルのドローイングである。想念庵では、制作中のゾーンの上と下の部分は巻物上に巻かれていて、全体をご覧にならなかった方もいらっしゃったかもしれない。実は今年、本作品は完成(予定)の形での世界初展示を予定している。展示は、神戸のギャラリー8で12月に展示となる予定だ。

この作品は、昨年のタイトルがcellule babélienne 3 であったように、バベルの塔神話にインスピレーションを受けており、構造の上半分は天に向かうバベルの塔の形状を基礎としている。cellule babélienneというのは、ガデンが2016年から取り組んでいるプロジェクトのタイトルであり、「バベルの塔的細胞」を意味する。プロジェクトといったのは、ドローイングのみならず、彫刻やインスタレーションなど(写真)バベルの塔的細胞のコンセプトを多様に展開して来たからである。せっかくの機会であるので、まずはcellule babélienne に通底するコンセプトについて書いておきたい。


聖書のバベルの塔神話におけるバベルの塔は、天へも辿り着けると過信した人間の驕った心の象徴として描かれ、天まで届く塔を築こうとバベルの塔の建設を進める人間たちの言語を、それに怒った神がバラバラにしてしまい、人間たちは相異なる言語を話し、彼らは意思疎通ができなくなって、バベルの塔建設は行き詰って、塔は崩壊してしまう。

ガデンの絵画「バベルの塔的細胞」では、その複雑で巨大な建造物は多様なミクロオーガニズムで構成されている。核のような構造を頂点に、複雑な構造の生物建築がその中にミトコンドリア、ゴルジ体、葉緑体などの多数の器官を含んでいる。構造の規定部分は、まるで根が張っているかのような細かな繊毛が見られ、描かれていない「地」を思わせる。また中間部には小胞から水泡のようなあるいは粒子のような構造が放り出されており、神経系の情報伝達とか細胞間の物質のやりとりとか、そのような営みを想像させる。絵画としての「バベルの塔的細胞」は1.5メートル×2メートルのものがこれまで二つ描かれており、不作めはちょうど一作目の上下をひっくり返したものでその名も「クローン」と名付けられている(写真)。

 人間は複数の言語を話すが(その数は時を経るにつれ減少している)、遺伝情報を翻訳する自然言語である遺伝のコードは、世界中どこでも共通だ。DNAに基づく遺伝子の言語は、古代の化学的なバベルの塔として姿を現したのだ。

          “alors que les hommes parlent plusieurs centaines de langues ( en diminution avec le temps), le code génétique, le langage de la nature qui traduit les gènes en protéines, est le même partout. le langage génétique, fondé sur l’arn et l’adn, a émergé de la babel chimique des temps archéens.”

                                         lynn margulis et dorion sagan – “l’univers bactériel” – p.57. ed.albin michel 1986.

バベルの塔は第一に言語の混乱の神話を象徴し、つまり唯一で絶対的な言語を失うことであり、それはある意味で崩壊の最終段階を表す。楽園を追放された人間は、あらゆる能力を手放さずに済んだ。彼らは、神の言語、つまり宇宙におけるあらゆる存在様態(無機物、植物、動物、人間)の言語を理解する能力を所有することになった。人間はしたがって言語の科学を操る。(略)神に向かって堂々と、自らの権力と意思を見せつける。この塔は、時空間を経て行われた人間と神のやりとり、つまり、人間の果てしない高慢心とそれを打ち負かした神の勝利を我々の目の前に明らかにしているのである。

la tour de babel symbolise avant tout un mythe: celui de la confusion des langues, donc la perte d’une langue primordiale unique et originelle. c’est en quelque sorte la dernière étape de la chute. chassé du paradis, l’homme a conservé sa toute-puissance: il connaît le langage des dieux, autrement dit, il possède la faculté de comprendre le langage de tous les états (minéral, végétal, animal, humain) de l’univers. l’homme maîtrise alors un science des mots et du verbe sans égale [..] c’est l’affirmation face à dieu, du pouvoir de l’homme, de sa volonté inépuisable. cette tour, qui défie le temps, l’espace, les hommes et dieu est l’expression d’un orgueil illimité, du moi triomphant”.

l’art visionnaire, michel random, p; 88-89. 1991.

blog: florian gadenne

京都新聞11月24日朝刊-美術-「ファルマコンII」

京都新聞11月24日朝刊の美術欄に展覧会「ファルマコンII アート×毒×身体の不協的調和」について<「毒」の両義性改めて考える>(加須屋明子教授ご執筆記事)ということで掲載していただきました。
本展覧会、残すところ本日と明日、11時から19時まで(13-14時除く)開催しております。
本展覧会では現代社会において、見て見ぬ振りや避けて通ることのできない、食の安全や環境と身体の関係性、医療と私たちの関わりなど大切な問題について、「毒」の両義性をもう一度考え直してみることを通じて問題提起しています。
皆様にご覧いただき、ご意見をお伺いしたりお話ができますのを楽しみにしています。
どうぞ、お気軽にお立ち寄りください。
会場は、想念庵(左京区田中里ノ前町49-2)。京都大学界隈を少し北上いただき東大路通沿いから東に入ってすぐ、最寄りのバス停は飛鳥井町です。電車では叡山電鉄元田中駅か少し歩きますが出町柳が便利です。
ぜひお越しください!
(La traduction d’article en français en bas)

« Pharmakon » est un terme d’origine greque, désignant la double signification : poison et remède. Dans l’histoire humaine, nous avons découvert de nombreuses substances qui fonctionnent comme médicament dans l’usage approprié mais aussi qui peuvent causer un effet négatif, voire même poison dans l’usage à l’excès. Le poison n’est un simple élément à exclure, mais il joue souvent un rôle indispensable pour notre vie.

L’exposition « Pharmakon II – l’harmonie dissonante d’art/poison/corps » nous permet de refléchir sur cette nature ambiguë de poison. Conçue par Miki Okubo, curatrice-artiste, l’exposition montre aussi le travail de Jérémy Segard, florian gadenne et Akira Inumaru. Toute la durée de l’exposition, l’œuvre de florian gadenne intitulée « tour babélienne » continue à s’évoluer. Inspirée par « Tour de Babel » de Brugel et Inferno de Botticelli, la tour s’élevant vers le haut s’habille des organes, dit « sains » et celle descendant vers le bas habitée par des éléments « pathogéniques ». La zone de rencontre de ces deux derniers telles différentes activités de phages, sécrétions et mutations minutieusement et dynamiquement remplit la toile. Nous sommes également surpris par l’ensemble des images de microorganismes exposées dans son lieu de travail comme « atlas », ainsi que son univers.

Akira Inumaru, artiste basé à Rouen et Paris, présente la nouvelle série « Pharmakon » où avec une loupe distillant les rayons solaires, il brule des illustrations transcrites depuis l’encyclopédie des plantes médicinales édités au Moyen Age comme s’il juxtapose la lumière d’aujourd’hui sur celle du Moyen Age. Son travail montre une complexité visuelle – couches de papiers brulés, images des plantes couvertes par l’ombre de la racine.

Jérémy Segard, exposant une installation de textile usé, questionne sur l’excès de la stérilisation et le processus de la blanchisserie vus souvent dans les établissements médicaux. Il montre ainsi l’ensemble de dessins préparatoires concernant la question sur l’espace vert. Miki Okubo mettant en lumière l’acte de « manger », présente des pains faits à partir de la levure cultivée, c’est-à-dire, sans utiliser la levure industrielle. Elle nous invite à réfléchir à ce que nous mangeons, comment nous devons l’équilibrer, ainsi que ce qui est la nourriture qui peut être un remède ou un poison.

Chaque artiste joue sa propre poésie afin de déchiffrer un monde s’opposant – double signification qui s’échappant du discours dualisme, pour réussir à mieux percevoir notre monde basé sur une écologie complexe.

Akiko Kasuya, Professeur des Beaux-Arts de la ville de Kyoto
(traduction Miki Okubo, florian gadenne)

Pharmakon II/展覧会ファルマコンII いよいよラスト3日となりました!

皆様、いよいよラスト三日となりました、展覧会「ファルマコンII アート×毒×身体の不協的調和」@想念庵(京都市左京区田中里の前町49−2)
本日も作家在廊(大久保、フロリアン・ガデン)で19時まで開館しています。明日、明後日も11時−19時(13−14時を除く)皆様のお越しをお待ちしています。
公開制作の「バベルの塔的細胞3」インタラクションゾーンを超えて、地獄ゾーン入り、目が離せません。パンも随時増えています。どうか、足をお運びいただけましたら幸甚です。

クロージングの25日の午後は皆様にこれまで面倒を見ていただいた酵母を元にパンを焼いて試食します。お誘い合わせの上ぜひ、いらっしゃってください。

Last three days of our exhibition “Pharmakon II” @Sonen-an, Kyoto.
Please come to see us! The last day, Nov 25th in the afternoon, you will taste natural yeast breads (cultivated during the exhibition). Please join us.